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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)279号 判決 1968年11月15日

主文

一  被告三日月堂製パン株式会社は、原告両名に対し各六八、五六四円ならびに右各金員に対する昭和四二年九月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

(当事者双方の申立)

一  原告ら

「被告らは連帯して原告山内兼三郎および原告山内ひでに対し各金五、一四二、九八一円ならびに各これに対する昭和四二年九月二一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

(請求の原因)

一  本件事故の発生

山内璞三(以下璞三という)は、昭和四二年九月二一日午前一一時三〇分頃、小型乗用自動車(名古屋五の三二―九六号、以下被害車という)を運転して東進し、名古屋市中区大井町四四番地先路上において左折するため先行車に続いて停車していたところ、後続して来た有村利明運転の小型貨物自動車(名古屋四の二六―一六号、以下加害車という)に追突され、先行車との間にはさまれて、頭部挫傷・頸部鞭打挫傷等の傷害を受け、済生会病院へ入院したが、病状悪化し、同年一〇月一三日後頭蓋窩血腫・脳血管障害等により死亡した。

二  受傷と死亡との因果関係

璞三は生前何らの既往症もなかつたが、本件事故により前記のように頸部挫傷・頭部傷害を受け、同時に事故の衝撃により後頭蓋窩血腫・脳血管損傷を受けていたもので、事故直後頸部疼痛・麻痺を訴えたので直ちに入院したが、その後二〇日経過した昭和四二年一〇月一〇日頃から病勢悪化し、呼吸麻痺・痙攣病症を起し、同月一三日死亡した。その直接の死因は後頭蓋窩血腫・脳血管障害であつて、本件事故による受傷と死との間の因果関係は明らかである。

三  被告らの帰責事由

(一)  本件事故当時は白昼であつて気象上、道路、状況上、前方の注視を妨げる事由はなかつたのに、前記有村利明は前方注視の義務を怠たり、脇見運転をしながら、漫然時速四〇キロメートルの速度で進行した過失により本件事故を惹起した。

(二)  被告三日月堂製パン株式会社(以下被告会社という)はパンおよび菓子類の製造業を営む会社で、加害車を保有し、これを配達、集金の用に供していたところ、被告会社の従業員である前記有村利明は被告会社のパンの配達および集金の業務のため加害車を運転中に本件事故を惹起した。

(三)  被告舘和豊は被告会社の代表取締役であるが、配達用のトラツク七台と乗用車二台を有し、男女工員三〇名を使用して製パン業を営むにすぎない中小企業たる被告会社の代表者として、被告会社に代つて自ら被用者の業務執行を監督すべき立場にあつた。

(四)  よつて被告会社は自動車損害賠償保障法第三条、民法第七一五条第一項により、被告舘和豊は民法第七一五条第二項により、璞三や原告らが本件事故によつて受けた損害を賠償すべき義務がある。

四  原告らの受けた損害

(一)  璞三の逸失利益

璞三は昭和一四年生れ(本件事故当時満二八才)の独身男子で、県立工業高校建築科卒業後、三井建設株式会社に入社し九年余を経た中堅技術者であつて、本件事故当時、右会社から給与・技術手当として月額四八、四三〇円(昭和四二年八月、九月分の平均収入額)、賞与として上期(七月)・下期(一二月)合計二五一、六〇〇円の収入を得ていた。

厚生大臣官房統計調査部第一一回生命表、就労可能年数表によると、同人は本件事故にあわなければ、なお四二年間生存でき、そのうち三五年間は就労できたものといえる。

そこで、同人の収入、年令、社会的地位、独身者であつたこと等を斟酌し生活費として収入額の五〇パーセントを前記収入額から控除すると同人の年間純収入額は四一六、三八〇円となる。これを基準としてホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、同人の死亡当時における逸失利益の現価額は八、二八五、九六二円となる。

(二)  璞三の慰藉料

前記のような事情を考慮すると同人の慰藉料は二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  原告らの慰藉料

璞三の両親である原告らの精神的苦痛を慰藉するには各々一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

五  相続関係

原告らは璞三の両親であり、璞三の前記損害賠償請求権を法定相続分に応じて二分の一宛相続した。

六  結論

以上の次第で、原告らは被告らに対し各々六、六四二、九八一円の損害賠償請求権を有するところ、原告らは現在自動車損害賠償責任保険金(三、〇〇〇、〇〇〇円)を請求中であるので、これを原告ら各々一、五〇〇、〇〇〇円宛受領しうるものとして右請求権の総額から控除した残り各五、一四二、九八一円およびこれに対する不法行為の日である昭和四二年九月二一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

一  請求原因事実中、原告ら主張の日時・場所においてその主張のような事故が発生したこと、璞三が昭和四二年一〇月一三日済生会病院において死亡したこと、被告会社が加害車を保有していたこと、被告会社はトラツク七台・乗用車二台を有し、男女工員三〇名を使用してパン・菓子類の製造業を営む会社であること、被告舘は被告会社の代表取締役であり、有村利明は被告会社の従業員であることは認める。

璞三の死亡が本件事故に基づくことは否認する。

璞三の病状経過、同人の経歴・収入関係、原告らの身分関係は不知。

その余の請求原因事実は争う。

(証拠)〔略〕

理由

一  原告ら主張の日時・場所において、その主張のような追突事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二  被告らの帰責事由

(一)  被告会社が加害車の保有者であること、有村利明が加害車を運転中に本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

右事実によれば被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、原告らが本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

(二)  次に被告舘の責任について判断する。

被告会社がトラツク七台・乗用車二台を有し、男女従業員三〇名を使用するパン・菓子類の製造業者であること、被告舘が被告会社の代表取締役であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、本件事故は有村利明の前方不注視の過失により発生したものであることが認められる。

しかしながら、被告舘に対して民法第七一五条第二項の代理監督者責任を問うためには、同被告が被告会社の代表取締役であることの一事をもつてはたらず、被告会社に代つて被用者の選任・監督の職務を担当していたものであることを要するところ、これを証するにたりる証拠はない。

従つて原告らの被告舘に対する本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

三  璞三の受傷および受傷と死亡との因果関係について、

(一)  〔証拠略〕によれば次のような事実が認められ、これを左右するにたりる証拠はない。

(1)  璞三は本件事故当日である昭和四二年九月二一日、愛知県済生会病院において、診断を受けた結果、約三週間の通院加療を要する頸部鞭打損傷と診断された。ところが翌日になつて同人は食物等を飲み込む際、痛みを覚えたので医師の指示に従つて、安静加療を続けながら経過をみるため同月二三日から右病院へ入院し、加療するようになつた。

璞三の右傷害の程度は軽く、頸椎に異常がなかつたので加療方法も機械矯正、頸部安定具の使用等は行なわず、ゼノールによる頸部固定が主であつた。そして入院後も同人は食欲が充分あり、体温も正常で、一〇月初旬には退院できる状態になつた。

(2)  ところが璞三は一〇月三日の午後、医師の許可を得て入浴した際、浴場で一時的脳たん血症で倒れたため、退院をしばらく見合せ、経過を見ていたところ、その後数日間は異常がなかつたが、一〇月七日午後七時四〇分頃突然悪寒発熱があり、その際は下熱薬により回復した。ところが翌八日から発熱・関節痛・嘔気・食欲不振の症状が現われ、九日には胸内苦悶(呼吸困難)の訴があり、一〇日から意識不明となり、その状態のまま、一〇月一三日午後一一時一四分死亡した。

(3)  璞三の死因については前記愛知県済生会病院においても疑いを持ち、翌一四日午前、名古屋大学第二病理学教室に依頼して、死体の頸髄の下辺(脊髄の上辺)から上部分の解剖を行つたところ、脳軟膜、脳実質および脊髄の充血と水腫、脳軟膜に軽い炎症性の細胞浸潤、各所に小出血が見られた。

名古屋大学第二病理学教室は右の解剖の結果について検討した結果、脳脊髄の水腫が死因と相当深い関係があると予想されるが、死体の全部を解剖していないため、それが唯一の死因とは断定できず、また右の水腫が外傷によるものか否かについてもこれを積極的に証明することはできないから、璞三の死が本件事故に起因するものとは断じられないとの結論に達した。

(二)  以上の認定事実を総合して判断すると、前示璞三の傷害(頸部鞭打損傷)が本件事故に起因するものであることは容易に認めることができるが、右傷害と死との間に相当因果関係があるとは断定しがたく、他に同人の死が本件事故の当然の結果であると解するにたりる事実の証明はない。

四  原告らの損害

前示のように、璞三の死は本件事故によるものとは認められないから、被告会社は原告らに対し、璞三の前示受傷の損害はこれを賠償すべき義務があるというべきであるが、その死亡により発生した損害についてはこれを賠償する義務があるとはいえない。

(一)  璞三の逸失利益

〔証拠略〕によると璞三は三井建設株式会社名古屋支店に勤務し、昭和四二年八月に四九、二五〇円、同年九月に四七、六一〇円の給与を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして同人の前示傷害の部位・程度、治療経過から判断すると、同人は少くともその死亡への転帰がなかつたとしても昭和四二年一〇月一三日までは就労することができなかつたものというべきである。

そうであれば、同人は本件事故にあわなければ、少くとも前示給与の平均額である一ケ月四八、四三〇円の収入を得られたものといえるから、同人が受傷した日である昭和四二年九月二一日から同人が死亡した日である昭和四二年一〇月一三日までに失つた得べかりし利益は三七、一二八円である。

(二)  璞三の慰藉料

前示本件事故の態様、璞三の受傷の部位・程度、治療経過その他本件弁論に現われた諸般の事情を考慮すると、同人の受傷についての慰藉料は一〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  原告らの慰藉料

前示のように璞三の死は本件事故によるものと認められず、また璞三の前示傷害の程度は死にも比すべきものとはいえないから、原告らの慰藉料請求は認められない。

五  原告らの相続関係

本件弁論の全趣旨によれば、原告らは璞三の両親であり、同人には他に相続人がないものと認められるから、原告らは法定相続分に従い璞三の前示損害賠償債権を各二分の一宛(各六八、五六四円)相続したものといえる。

六  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は被告会社に対し原告らが各六八、五六四円およびこれらに対する本件事故発生日である昭和四二年九月二一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容することとし、原告らの被告会社に対するその余の請求および被告舘に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、九三条第一項を仮執行の宣言につき同法第一九六条を各々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世 磯部有宏 村田長生)

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